いきなり、とてつも無く大きなテーマについて全く考えがまとまっている訳でもないのに、あれこれ思うことを書いてしまう。
まず、生まれてくる瞬間は多分誰も何も考えていない。仮に考えていたとしても記憶が無い。食べ物を食べて、これは美味しいとか、不味いとか、あれが食べたい、食べたくない、といったことを感じたのはいつ頃だったのか、全く覚えていない。
両親は「いないいないばー」とかして私の機嫌を取ってくれていたんだろうと思いますが、それが良かったのかそうでもなかったのか、全く覚えていません。
私は生後1年もしないうちに脱腸で手術をしていますが、その時は救急扱いで手術をしていただいたと親から聞いていますが、全く記憶が無いんです。「痛い!」と泣いた記憶も全く残っていません。あの時措置が遅ければ、私は生後何か月かで命を落としていたかも知れず、兎に角異変に気付いてくれた両親、対応いただいた病院には感謝しかございません。
3歳で現在の実家である可児市に引っ越し、高校まで実家の可児市で生活しました。幼稚園、小学校、中学校、高校とあれこれと覚えていることもあれば、記憶が不確かなことも多々あります。担任の先生、全て覚えているかな?中学校辺りが少し記憶が乏しいです。
日本という国は機会を平等に与えている方だと思いますから、どの家に生まれたか、ということは全てを決める要素にはならないように思います。私は全て公立の教育機関に通い、教育に要したお金は相対的には少なかったかな、と思いますが、それでも十分は教育を受ける機会(勉強したか?と言われるとお恥ずかしい限りですが)には恵まれたと思い、感謝しています。
今、フィリピンで暮らしていますが、ここでは裕福な家に生まれれば十分な教育を受ける機会に恵まれ、周りの友達もそうした友達、そうでなければ、なかなか恵まれない教育環境だと思います。学校に通っていない児童も相当数いると思います。つまり、機会が平等とは言い難い環境だと思います。
こう考えると、良い家庭に生まれたな、良い国に生まれたな、と思います。
あれこれ思うところを書いても良いのですが、全く知らないうちに始まった人生ではありますが、これまで色々な選択をしてきたな、ということです。
大学、これは選択のようで「行けるところで最も難しいところに行く」というのが選択のカギだったと思います。学部(何を学ぶか?)についてもそれ程考えていなかったです。私は商学部、経済学部、法学部、と文科系の学部を受けていて、大学で何を学ぶか?その後どういう人生を送ろうとしていたか?について考えていなかったというのが正直なところです。
人生とは?なんてことを考え始めたのはいつなんでしょうかね。警察官になりたい、コックさんになりたい、と言ったりしたことはありましたが、何となく会社員になるんだろうな、ということを考えていたように思います。
現在54歳ですが、人生のゴールって何だろう、人生のピークって何時?何を指すの?というようなことを考えることが増えて来ています。そもそも自分の意志で生まれてきていない人間が人生についてあれこれ考えるのは、興味深いな、と思う次第です。