さて、前回、人生は競技という類のものではなく、「幸せ」を積み上げていくもの(作業ではないし、道というと少し大げさかも?)かなあ、なんてことを考えました。
だからと言って「幸せ」をがむしゃらに探して「ああ、私は今幸せなんだ」と思い込むことが良いのか?というとそうでもなく、「幸せだと思い込む必要もない自然な幸せが真の幸せだ」というのも少し違うように思います。
じゃあ、幸せの瞬間を列挙しなさいと聞かれたらどう答えるか?旅行先での絶景、街並み、美味しい料理、友人との楽しい会話、これは幸せの瞬間というよりは、「楽しかった思い出」です。イベントです。では、毎日がイベントという生活が幸せなの?と聞かれると、「そりゃそうだよね」というようにも思うし、「いやあ、毎日毎日あれやこれやというよりは、たまにそういうイベントがあるから楽しいんだよ」というようにも思います。
「やりたいこと」の無い生活は何とも不毛ですが、毎日毎日新たな発見、感動の連続、という生活も何か気が進みませんね。変なプレッシャーありそうですよね。程よい感覚でイベント(ハレ)があり、それを待ち望みつつのんびりとした日常(ケ)がある。どうやらこの程良さが「幸せな状態」という気がしてきました。
何となくですが、80歳まで生きたとして、80歳になってまで「ビーチでまったりしたい」とか、「パリの街並みを歩いてオシャレなカフェでお茶したい」とは思わないのかな、と。
程良さこそ自分が決めますが、通常は仕事などしていると、休みも限られるから、「程良さ」が制御されています。会社によっては勤続20年とかで長期休暇が与えられたりしますが、素晴らしい仕組みですね。終身雇用が崩れつつありますから、勤続年数に関わらず、5年に一度くらいは1か月休暇が与えられる世の中を望みます。ヨーロッパのバカンスは長いらしく、それは羨ましいです。