https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.html

多分、これから米国との間で様々な議論になるでしょう。

安保闘争についても読み返しましたが、当時は労働者や大学生などに共産党勢力がかなり幅を利かせていたことにも隔世の感を覚えます。

まずは原本に当たらないと始まらないよな、と思い、読み返してみると、国際連合の枠組みを活用することが強調されていますね。国際連合が国際紛争の解決にほとんど役に立っていないと感じている私からすると、本当にこの条約が今日的に機能するのかな?と感じてしまう部分もあります。

戦争に対する危惧が当然にあった1960年、敗戦国として自衛隊もほぼ整備されていなかった時期だからこそ、日米安保条約は日本にとって非常に大切な条約だったと思います。米国にとってもそれなりの意義があったからこそ、もともと10年の時限条約だったものが延長、延長となったのだと思います。

ここにきてトランプ大統領がこの日米安保条約が不公平だ、という趣旨で批判しています。トランプ大統領を評価しませんが、この発言は至極当然だと思います。日本ほどの国力を持った国が米国に防衛を担ってもらうというのはどうなんだろう、と思います。米国兵が日本を守るために命を落とすことってあまりにも不条理だと思います。実際、米国がそこまで日本を守ってくれるとも正直思っていません。あれこれ言い訳をしながら、日本が攻撃されるのを見守りながら、米国にとっての最大の利益となる役割を演じるというのが現実的だと思います。それは大統領が誰になろうが同じだと思います。

と、言うことで、日本は自国を自国で守る準備を早急に開始しなくてはなりません。憲法を早急に変更する必要があるのか無いのかは分かりません。日本が急速に軍国主義を復活させた、という印象を世界各国に持たれることは得策では無いからです。

一方、専守防衛という発想はよほど余裕が無い限り無理だと思います。守って守って勝ち切るというのはよほど力に差が無いと出来ない芸当であることはあらゆる戦いを少し考えたら分かること。

専守防衛の基本理念を持ち続けながらも攻められそうになったら攻めるという文章に書くと矛盾に満ちたことも実際には考えておかねばならないと思います。戦争は勝てば良いのですから。