オリンピック

パリオリンピックが行われていています。

金メダルを狙う!と宣言し、有言実行で達成してしまう選手、思わぬところで敗退してしまう選手、審判の判定に?があったケースなどなど、本当に色々なことが起こっています。

何度でも言います。敬意しかございません。1回戦で負けてしまい茫然自失・号泣した選手については色々と言われていますが、私に言わせれば、「誰にも批判をすることはできないでしょ」。下手に擁護するようなコメントも僕には資格ない。ただただ、これまでの努力、想いの強さに敬意しかないです。

さて、オリンピック選手が「私の競技を応援して頂いている方に少しでも勇気や夢や希望を与えられたら、、、、」という趣旨のコメントをなさる選手居ますが、平凡な生活をしている私からすると、「夢」「希望」「勇気」などと言われると、がっくりしてしまいます。

オリンピック選手のような生活は当然できませんが、少しでも前向きで居られるように「自分なりに」頑張ってみようと思います。

膀胱がん(2)

初期の膀胱がんに罹患したことを前回のブログでポストしましたが、膀胱内の腫瘍がどうやら血尿の原因である、という検査結果を受けた際にその腫瘍が悪性だとは思っても居なかったため、手術はフィリピンで行いました。

フィリピンの病院は、通常(少なくとも日本人が通う病院には)病院専属のお医者さんはいません。お医者さんは、月・水・金はA病院、火・木はB病院といった感じで先生が病院に部屋を借りて診察しています。

腫瘍を取り除く手術は4月19日(金)に実施。前日の18日には入院を開始し、最終検査やら準備をしました。その時には4月20日には退院できるのでは、、と言われたし、検査結果は4月22日(月)にも出てくるのでは、と聞いた記憶があります。そんなこと聞き間違う訳無いのですが、、。

「執刀はF先生、麻酔はS先生、自分はこういった手術を受けます」といった具合に、のちのち問題にならないように患者自体が自分の受ける手術について十分に説明を受け、納得していることを何度も確認されます。良いことだと思いますが、執刀の先生は覚えても麻酔の先生(美人な女性)の名前は覚えづらく苦労しました。英語では膀胱のことをBladderと言いますが、そんなのもその時に覚えました。

下半身麻酔ですが、麻酔を打つ前に眠らされてしまうので、麻酔を打った瞬間の記憶はありません。手術が終わり、目が覚めたら鉛筆くらいの太さのカテーテルが存在したことにビビったのと、足がしびれて動かせなかったことを記憶しています。

右からは点滴(生理的食塩水でしょうかね)がカテーテルへ、左からは尿か水かがバケツに流れ込む仕組みになっていました。

看護師(フィリピンの看護師さんは本当に献身的ですが男性もそれなりの割合います)さんが言うには、尿が絶えず流れている状況なので膀胱が膨れて尿意を覚えることは無い、とのこと。でも、尿意を覚えます。尿をしたらカテーテルを通ってバケツに流れる仕組みだから尿をすれば良いのですが、尿意は無いはずなのに尿意があるのはおかしい、腰が痛いのもつらいと思い、ドクターを呼びました。「角度が悪いのかな?」とカテーテルをぐぐぐっと回したので痛みと恐怖を覚えたのは間違いないです。

金曜日に手術をし、土曜日も一日中点滴、結局日曜日の朝までカテーテルが挿入されており、抜いたのは日曜日の朝でした。カテーテルを回した後も尿意はあるし、腰にも痛みを覚えたので、兎に角土曜日はツラかったです。カテーテルを抜くのは思いのほかすんなりでしたが、カテーテルを抜いた後血の混じった尿が出てきたときは、「結局2日間の点滴って何だったんだろう?」と思いました。

結果はすぐに出ると思ったら、医者から「5月3日に来い」という連絡が、、、、。それは遅いぞ、と思い、1週間後に病院に行ってみると先生は診察をキャンセルした、と。まあ、フィリピンってそんな感じです。日本であれば、F先生が休んでいたとしてもG先生が代わりに結果くらい教えてくれるのに。そういうところは残念です。(多分、フィリピンだけでなくかなりの国でこんなもんだと思います。日本はそういうところは本当にしっかりしていると思います)

日経平均大暴落

物事が起こるとすぐに文句を言う人が後を絶ちません。株価や為替レートについては、経済評論家は言葉遣いは丁寧ですが、政府の経済政策や日銀の金融政策などに文句を言っているケースがほとんどです。

新NISAは株式投資にかかる税金を非課税にしてしまう仕組みですから、どう考えても「投資を促す」良い仕組みです。本屋さんにも「新NISA」関連の本が沢山並んでいます。YouTubeでも沢山の動画で新NISAの活用方法について説明しています。

新NISA元年ということで2024年は株式市場が大活況のもとスタートしました。日本の株式だけではなく、投資信託を通じて世界中の株式、特に米国株にも日本の投資マネーが流れ込みました。新NISAを始めた人も保有株式や投資信託の上昇に笑いが止まらないこともあったと思います。

正直ここまでの暴落は予想できませんでした。まだ、暴落は収まっていないのでいつまで続くか分かりませんが、まあ、どの世界でも同じだと思いますが、初心者・素人が簡単にお金を儲けられる話はありません。

「新NISAに騙された」「日銀の利上げは最悪」といった暴落に際してコメントしている人が居ます。

日銀の利上げをきっかけに大暴落が始まりましたが、たかだか0.15%の利上げです。これまでの株価が高すぎたのかもしれませんが、冷静に考えるとここまでの大暴落が起こるほどの話では無いはずです。どうか心を強く持って、再度、「投資は自己責任」という言葉の本当の意味を分かったうえで投資する人は臨んでほしいです。

私は非常に強気なので、401Kなど出来ることはやっていこうと思います。

膀胱がん(1)

どうもこの1年くらいあまり運勢が良くないみたいです。

昨年の11月26日には自転車で転倒して骨折(左の大腿骨・骨盤の付け根あたりにヒビがはいりました)し、この5月には膀胱がんにかかっていることが判明しました。

さて、どうしてわざわざ骨折の話をしているか?というと、その際にも血尿が出たからです。これまで年に一度の健康診断でも血尿という診断は受けたことがありません。自転車で思い切り転倒し、最初は歩けたので「ひどい打撲だろうな」と思いましたが、そのうちどんどん痛くなってしまい、病院に行ったところ「ヒビ」が入っていることが判明、また、同時に血尿が出ていることも判明。

手術をするにも、血尿の原因は知る必要がある、ということでCTスキャンを受けましたが、特に問題は無いということで手術を受けたのが11月末。

2週間くらいで松葉杖は不要になり、2か月もしたらおっかなびっくりではありますが、ゴルフが出来るようになりました。少しずつ股関節にも負荷のかかるストレッチをし始めたのは3月初だったと記憶しています。

当然ですが、股関節は硬くなってしまっており、ストレッチをするとそれなりに強い痛みがありました。その後、「あれ?血尿?」という症状が出始めたのは3月半ばだったと思います。レントゲンでは術後の経過は順調ということでしたが、骨折した時のようにストレッチによって内出血でも出て血尿になったかな?くらいに思っていました。

その後は血尿と頻尿の症状が現れ、4月初にはスイカのような色の血尿が出てきました。血尿の原因は「結石」「前立腺肥大」がほとんど、とネットでは情報を得ていましたが、流石に病院に行かねば、、と。

エコー検査の結果、膀胱にピーナッツ程度の大きさの腫瘍があり、どうもそれが血尿の原因ということが判明しました。ストレッチで腫瘍に何らかの刺激が加わったかもしれない、ということも言われました。

その時点でまさか腫瘍がガンだろう、とは思っていませんでしたが、結果は初期の膀胱がんということでした。どういう自信か分かりませんが、自分がガンに罹患するとは思っていなかったので物凄くびっくりしたことを覚えています。

宮田選手の飲酒・喫煙について

スポーツ選手をあまねく尊敬している私は、全日本レベルの選手ともなるとその尊敬の念は「畏敬の念」に近いです。オリンピックという4年に一度のスポーツの祭典に出場するとなると、言葉では表現できないレベルの尊敬となります。真にその通りです。オリンピックに出場した選手、もう一歩のところで逃した選手、全ての選手のインタビューをNumberで読んでみたいし、Get Sportsで観てみたい。それぞれの選手にそれぞれのストーリーがあるのは間違いないです。

そうした中、タイトルの件は色々と残念でなりません。

まず、ご本人の「慙愧の念」。ルールはルールですから。こんなことになってしまったことを後悔し自らを責めていると思います。ご家族やご友人などご本人をケアしてあげて欲しい。競技を継続なさるのか分かりませんが、この件をバネにして人生を羽ばたいていただければと心底思います。

僕は飲酒と喫煙自体は成人が18歳になった時点で年齢を下げるべきと思っているので、今回の辞退は本当に残念としか言いようがありません。(飲酒・喫煙は成人になった後も禁止というルールがあるとかないとか)処分を決定した協会や関係者にも同情申し上げます。様々な議論があっただろうし、今も大切な時期なのに色々な意見が寄せられて対応しているでしょう。

チームメンバーも変な注目を浴びてしまい、気の毒に思います。

難しいことなので当事者でもなんでもない私が適当なことは申し上げませんが、本当に残念ですね。残念。

音楽の力

週末、特に予定も無い休日なので満喫しよう、と朝飯を食べ、好きなテレビ番組を見て、買い物に行き、昼食を取って、と言う感じで、途中まで順調。室内バイクも漕いで一汗かいて万全だな、と思ったところまでは良かったのですが、シャワーを浴びてからは昼寝、どうもその後気分が盛り上がって来ませんでした。

読書を予定していたのですが、僕は読書をするときにわざわざ喫茶店に行ったりする習慣が身についてしまっています。近くに読書にピッタリの喫茶店もあるので、勿論、それも悪く無いのですが、今日は部屋で読書するぞ、という気持ちになりました。

そうすると、コーヒーを淹れなきゃ、とか、スナックも欲しいぞ、とかなかなか読書が始まらない自分が居ました。勉強もそうですが、なかなか始まりません。そう考えると、僕っての「読書」は趣味というよりも、「読書した自分に酔ってみたいだけ」なのか良く分からなくなってきてしまいます。

「違う、違う、そうじゃない」と自分の中でメロディーが流れ、まずは兎に角何も考えず、本を読んでからスタートさせるぞ、と心に決め、読書用のBGMをYouTubeで流したら、部屋の中がスタバのようなオシャレ空間に様変わりしました。BGMですから特に素晴らしいメロディーも不要ですよね。邪魔にならない音楽を考え出した人って天才です。

読書が始まったらこっちのものです。一区切りついたところでコーヒーを用意。読んでいる本も素晴らしく本当に幸せな時間が流れていきました。いつものように本を片手に街に繰り出すのも悪くは無いですが、部屋でリラックスした格好(足を投げ出しちゃう感じ)で読書に邁進するって本当に素晴らしいですね。

これも、YouTubeのBGMのお陰。本当に便利な時代を生きているな、と痛感します。最近はお風呂に入っている時も音楽。音楽は本当に素敵です。

日本の底力

前回、本屋さんが本当に大好きだ、大切にしたい、という趣旨のブログを書きました。本当にその通りだと思います。フィリピンに住んでそれなりの月日が経ちます。フィリピンでは「National Bookstore」という本屋さんが、日本でいうところの「丸善」「紀伊国屋」「三省堂」を合体させたくらいの圧倒的な存在です。

そのほかにもちょいちょい本屋さんありますが、あまり大きな本屋さんでは無いし、売っている本もアメリカの著名な方による、「成功するための本」やお料理の本、趣味の本、学習、漫画など、正直そんなに品揃えがあるように思いません。

売り場面積も文具がかなりの部分を占めています。

オンライン化が日本よりも進んでいる可能性もありますが、フィリピンの人があまりKindleのようなものを含め本を読んでいるイメージが湧きません。日本のアニメはものすごく流行っているのですが、端末で読んでいるのか映像で見ているのか、その辺は少しリサーチが必要ですよね。

そろそろ本題。

日本の底力を感じるのは、数えきれない著者があらゆる分野の本を書いていて、それを売っている本屋があって、というのはスゴイことだと思う、ということです。勿論、作家として生きていくことは本当に大変だと思います。漫画・アニメも凄まじい数の方が様々な作品を世界に発信しています。

邦画も世界で賞を取る機会が増えています。失われた30年などと経済の低迷を憂う人、円安で「日本もいよいよだめだ」と言う人、それぞれ正しい指摘をしている部分もあると思うのですが、経済が多少弱く見えても、文化やスポーツは確実に力をつけており、こうした部分が「日本の底力」と呼べるのではないか、と思う次第。

そして、文化と経済は交互に盛り上がりを見せる傾向があります。経済も日本の底力を発揮するでしょう。(今も落ち目だと僕は思っていませんけどね)

横着

横着っていうのは、ダメと分かっていながら、ついついしてしまいます。

辞書では、「すべきことを怠けてしないこと。怠けること。ずるがしこく手を抜くこと。面倒くさがってをしようとすること」と書かれていますね。私の「横着」実例はそれなりにあります。

横着1:延長コードからPCの電源コードを持ち去ろうとしている。緩く絡まっている状態で、コードを引っ張ってしまい良からぬことが起こる。

横着2:左手にお菓子、右手にコーヒーを持っている。右の肘でキッチンの電気を消そうとしてコーヒーをこぼす。

横着3:両手が塞がっている、脇に何かはさんで移動し、良からぬことが起こる。

まあ、「横着」をして良い結果が出ない(いつも悪いことが起こるわけでないから厄介なんだけど)ことを分かりながら、面倒がって手抜きをする自分に情けなさを感じます。無理せず2往復すれば良いだけ。たかだか10メートルだったりしますからね。コードが絡まっていたら、しっかり絡まりをほぐすだけの話。

きっちりしている人は「横着」と無縁なんだと思います。こんな良い歳になって「横着」なことに自戒している自分が「あまりにも人間らしく」ついつい笑ってしまいます。

皆さん、余計なお世話と言うかもしれませんが、、、。

むち打ち刑

シンガポールで日本人に対して初の「むち打ち刑」が執行されるようになったようです。鞭というとSMとかで女王様がペシぺシやっているようなレベルかと考えてしまうならず者ですが、刑罰に使われる鞭は籐でできていて直径は1.27センチ以下、長さは1.5Mという決まりがあるようです。こう読んでいると、そこまで厳しいように思わないかも知れませんが、皮膚が裂けるレベルだそうです。見せしめの要素もあるようで、人権団体からも非難されているようです。

16-50歳までの男性にしか与えられない刑で該当しない人にはその分懲役が長くなる、ということですから性別や年齢によって差があり、問題含みのように思います。

が、私はこうした刑罰に「賛成か反対か?」と聞かれたら「賛成」の立場を取ります。勿論犯罪を犯した人間にも人権は存在します。反省し更生するよう促さなければいけません。しかしながら、「人権」という面が強調され過ぎると刑罰として弱くならざるを得ないと思います。私がそうだと言ってしまえばそうですが、人間は「痛み」「苦痛」をことさら嫌います。だから罰として「痛み」「苦痛」を与えることに効果があると考えます。

尤も犯罪が無ければ刑罰も無い訳で、みんなが法に則って生活すれば何も苦労は無いですが、人間の歴史で過去から犯罪の無かった世の中って無いですよね。「目には目を、歯には歯を」は非常に有名なハムラビ法典の一部ですが、これは今から3700年以上前のもの。人間の歴史って凄いな、と訳の分からないところで思う次第。

犯罪が減って被害者が最小となることを切に願います。あまり楽観的になれませんが。

余談ですが、「ローマ人の物語」を読み返しています。古代ローマ軍には「10分の1刑」というとんでもなく厳しい法がありました。サボタージュや司令官の命令に背くといった重大な規律違反があった際に、兵士のうち10人に一人をくじで選び、選ばれなかった仲間が死刑に処すという、まあ、考えただけでもおぞましい刑です。おぞましいですね。

ぎょらん by 町田その子

小説家の方、脚本家の方に対しては最大限敬意を表します。推理小説は絶対に自分には書けない。歴史小説は最早面白い作品が多すぎるし、いわゆる純文学というようなジャンルは実は最も難しいかも、です。小説家を目指している方何人くらいいらっしゃるんでしょうね。私が知っている小説家はひねり出しても2桁止まり。そういう方って本当に大成功を収めた小説家ですよね。

ドラマの脚本も自分には書けません。朝ドラとかどうしてあんな素晴らしいセリフを言わせちゃうかな、泣かせる場面を作り出しちゃうかな。尊敬しかないです。

新潮の100冊は厳選中の厳選なんだから兎にも角にも読んでみよう、とは思うもののなかなか100冊読むことはできませんよね。「ぎょらん」はそんな中読み始めている本です。

結構生々しい性行為について言及があってこんなおじさんが「お、良いのかよ」と思うところが何ともお恥ずかしいですね。「死」を扱っている作品ゆえ、重い感じしますが、ただ重たいだけじゃないから人気作家なんでしょうね。

どんどん読み進めます。

私が勉強不足なだけで、「52ヘルツのくじらたち」では、本屋大賞にも選ばれていて実力は折り紙つきなんですね。人を唸らせる才能、心底尊敬します。私のような凡人は、敬意と感謝の念を込めて味わって作品を読ませていただくのみ。

よく噛んで食べよう

どうしてこんな簡単でかつ健康に良いことを僕は実践できないんだろう?よく噛んで食べることで味わって食べることも出来て満足度も上がる筈なんだけどね。

よく噛んで食べること(1回あたり30回くらい噛むことを指すようです)には、さまざまなメリットがあることは誰でも知っていること。デメリットはありません。

消化を助けるだけでなく、唾液には発がん性物質を抑制する「ぺルオキシターゼ」という酵素も含まれていると。ガンの予防にも一定の効果があるようです。これは知りませんでした。

なのに、私は大して噛むこと無くどんどんと飲み込み(ビールで流し込んだりしていることも)、どんどんと口の中に食べ物を放り込んでいます。食べ物に対する「敬意」も無ければ「感謝」も無く、バカな家畜が餌をむしゃむしゃと何も考えずに食べ続けている絵姿に重なって嫌になります。

「いつも何度でも」自分に言い聞かせ、ことあるごとに「ゆっくり、よく噛んで食べる」ようにします。55歳にもなってこんなことを自分に言い聞かせているってどうかしてますね。でも、絶対に習慣づける必要のある重要性の高いこと。今からでも遅く無いので定着させます。

さらに間抜けなこと。年に何回か、自分で自分の舌を噛んだり、口の中を噛んだりすることあります。実は、昨晩、思いっきり口の中を噛みました。自分のバカさ加減をそれなりに認識しているつもりですが、全くダメダメですね。こんなバカな統計は見たことありませんが、皆さん、自分で自分の口の中を噛むことってあるんでしょうかね。その場合、年に何回っていうレベルですよね。私も流石に月に1回は無いと思うのですが、何がきっかけになってやっちゃうんでしょうね。自分の口なんか噛んでないで食べ物をしっかり噛もうね。

ゆっくり、よく噛んで食べる、そんなことを忘れた頃に自分に言い聞かせることから卒業します!!

東京都知事選挙

世の中を憂う機会が増えていますが、東京都知事選挙もその一つですね。

東京都の政治をどうしようというようなことは全く考えていない、単なる売名行為のような候補者が多いように思います。呆れてしまいます。

東京都知事選挙には59億円の費用が掛かるとのこと。立候補には300万円の供託金が必要で有効投票の10%以上獲得しなければ没収となるためほぼ全ての候補者の供託金が没収されるのでしょうが、「焼石に水」という感じもしますね。

選挙管理委員が4名ほどいるようですが、この状況に対してどう思っていらっしゃるのでしょうね。次回以降は供託金の水準についての議論も生じるでしょうね。高齢の男性ばかりです。

投票率が高かろうが低かろうが経費は変わらないと思います。都民の皆さんが相応しい都知事を選出することを祈念するのみ。

と、そんなことをしていたら小池都知事の当選が決まりました。頑張ってもらいましょう。石丸さんが2位の座を取りそうですね。アンチ自民の票がまとまらなかっただろうし、小池都知事も自民の票というよりは現職という圧倒的有利な地位を活かせば良かったということでしょう。

新しいドローン

ブログを開始したのは2021年7月です。約3年が経とうとしています。途中お休みの時期もありましたが、日記とは違う形で何らかを残して行くことは良いことだと思います。収入がある訳でもないですが、数人が読んでいただいているようで嬉しい限りです。自分でも題名を見返してみましたが途中までは英語も付していたりと懐かしいです。

最近は写真すら添付していない放言タイプのブログが多いですね。

「フィリピンに住む日本人」として「フィリピン旅行記」やら「ドローン写真」などをシェアしていこうと当初は書いてますね。

フィリピンはドローンに寛容。日本のように重量制限は厳しく無いし、許可についても基本OK(もちろん、ドローンを禁じている島などもありますから最低限の確認は必要ですが)なので、ドローン撮影には向いています。

ビーチも素晴らしいのでドローンを持って旅に行くのは鬼に金棒だと思います。周りにドローンを持っている日本人がほとんど居ないことは不思議だと思います。フィリピンに居る間にドローン楽しんだら良いと思うけどな。

さて、最初に買ったドローンは動くには動きますが、新しいドローンの性能と見比べるとかなり見劣りします。思い切って新しいドローンを買いました。少しずつ使っています。

写真にしてしまうと性能の良しあしは正直分かりませんが、バッテリーに余裕がある分、焦らず撮影できています。風にも強くなっていて心強いです。

被写体が素晴らしいのでそれっぽい写真になっていると自分でも思いますが、もっともっと腕を磨いて素晴らしいドローンショット撮りたいな。

2枚の写真、どこかを言い当てたら賞品を差し上げます。

暇と退屈の倫理学

私の「読書キャンペーン」は、「塩狩峠」、「黒い雨」という不朽の名作に続き、今回は「暇と退屈の倫理学」という比較的新しい名著に挑みました。この著作も「2023年新潮の100冊」に堂々と選ばれています。著者の國分 功一郎さんは私よりも5つ年下。なかなか凄い人ですね。

私は現在55歳。そろそろ「退職後」の「暇と退屈」を考え始める時期。

「老後に楽しみをとっておくバカ」by和田秀樹さん「最強の60歳指南書」by齋藤孝さんといったHow to本も最近読みました。こういう本も悪くは無いです。この2冊では「最強の・・・」の方が良いかと思います。こういうのは思い出したころに再読すべきですね。「そうだよな」という気づきを与えてくれます。

さて本題。ネタバレは宜しくありませんから、細かなことは書けませんが、「圧倒的に面白くかつとてもとても勉強になる」本だと言えます。「東大生、京大生に最も読まれた本」とカバーに書いてあります。そうした本は得てして難しいだけで読んでいる自分に酔ってしまうような上から目線的になることがありますが、この本は丁寧です。

傍点が多く、目から鱗が落ちるような論述も多いです。ジャンルは違いますが、京極夏彦さんの本を読んでいる時のような「驚き」「感銘」を受ける本だと思います。

著名な哲学者も多く登場します。人間の生活様式の推移、人間と動物の違いを説明するための動物の生態、が説明されますが、知らなかったこと多く「そういう考え方もできるよな」と唸らされます。哲学や倫理学ってそういうアプローチするんですね。なるほど、なるほど。

倫理学は学校できっちり習ったことありませんが、倫理学をきちんと勉強した気分も味わえます。こういう本が新潮の100冊に選ばれていて納得、というか感謝。

倫理学、哲学は「教養のど真ん中」だと思います。これは今後社会がどのようになっていこうが変わらないと思います。学生が勉強するのも良いし、社会人も勿論、引退後の人間も最後まで突き詰める話だと思います。

「人間は考える葦である」なんていうフレーズを知っていることは重要だと思いますが、真に意味するところを深く知っておかないと物足りないと思います。本書にはその辺もきちんと書いてあります。読んで大正解でした。

バスに乗って

世界中、いや、日本だけを考えてもバスの路線が何路線あるかは正確には把握できないと思います。(かなりのバス路線がGoogle Mapに格納されており驚くばかりですが)

最近、東京に行く機会があり、東京駅から築地を地下鉄ではなくバスで行ってみようと試みたり、観光でもなるべくバスを使うようにしています。先日も名古屋駅からバスで熱田神宮に行こうとバスで向かいましたが、途中で大須観音にも参拝可能であることに気づき、当然、途中下車、実は初めて、という大須観音参拝を果たしました。電車や地下鉄で最短の移動をしていたら気づかなかったことです。

地下鉄は確かに便利で本数も多く信号待ちも無く目的地に着きますが、途中の街の風景が分かりません。電車も勿論便利ですが、流石に風景を覚えてしまっており、やはり新たな発見はありません。また、駅周辺にしか足を延ばさない傾向があるな、と思います。

15年くらい前でしょうか、両親とNew Yorkに行く機会がありました。ミュージカルを見たり、Empire Stateに上ったりWall街に行ったりと、地下鉄やらタクシーを使ってあれこれと訪問しましたが、最終日近くになり、いよいよ何となくそうした訪問にも飽きを感じたため、バスにでも乗ってみようか、と泊まっていたホテルから適当に北上するバスに乗ってみました。当然、1日券のようなものを買い、都度切符を買うような高等技術は用いなかったと思います。そうするとコロンビア大学やら、訪問するつもりも無かったような場所が次々と現れ、バスの旅は素晴らしいな、と思った次第です。地下鉄とは違った生活感(少し怪しい雰囲気含め)も感じられて、両親も満足してくれたことを思い出します。

バスは路線もきめ細やかなので、電車では、「実はこことあそこって近いんだね」というような発見はありません。が、バスでは新発見がいっぱいあります(普段バスを使いこなしていないからですが)。バスは道路を縦横無尽に走りますからね。

僕の住むフィリピンマニラではバスというよりはジプニーという機動性抜群の乗り物がありますが、路線が全く理解不能で未だに全く使いこなすこととは無縁です。その辺は少し残念ですね。ジプニーにはバス停が無く、降りたいところで降りてしまう仕組みです。料金も激安ですから乗りこなせると素晴らしいのですが難易度は高いように思います。

職業に貴賤は無いと言うが

読まなきゃいいのに、Yahooニュースって目に入って来ちゃうんですよね。

有吉さん、今や一般人となった「元」アナウンサーの夏目三久さん、そのお子様がお散歩している写真とそれに関する記事を見ました。

あれ、こんなプライベートな写真、有吉さんが掲載をOKしている訳無いよなと思いきや、以下が有吉さんのXでのコメント。

「盗撮をして。一般人の写真を載せたり生後数ヶ月の子供の写真に未成年の犯罪者みたいにモザイクかけてまで掲載。まあイヤでしょ」と意見を伝え、「週刊誌の人って家族いないんですね。スゴっ これ訴えると倍返しなんですよね。怖っ!」と皮肉まじりに記した。  連続投稿では「土下座しますし 芸能人の情報タレコミますし お金もある程度払います 命令、要求なんでも従いますので どうか家族の盗撮やめてください」と思いをつづった。

家族の盗撮(盗撮という時点で不快感というかこれ犯罪では無いのでしょうか?)については、これ以上なく明確に「NO」と言っています。当たり前ですよね。モザイクがかかっていたとしても、子供の写真が晒されることも喜ばしい訳無いし、行動範囲(港区だったかと)が公にされるのも嬉しく無いですよね。ファンなどに近況を知らせたい、とか思えば、有吉さん自らが発信するんです。

「報道の自由」とかマスコミの方はあれこれ仰いますが、プライベートの侵害は「報道の自由」とは呼ばないと私は思っています。

ほぼ同時期に大谷翔平選手のLAでの自宅が暴露され、近隣住民にもインタビューした件で「日本テレビ」と「フジテレビ」はドジャースのから出入り禁止(報道パスの取り上げ)と聞いています。流石LAドジャースです。毅然とした態度です。こうでなくてはいけませんよね。

もともと「日本テレビ」も「フジテレビ」も嫌いなので、大きな影響はありませんが、こういうゴシップ系のマスコミの姿勢に対して我々善良な市民はもっともっと怒るべきだと思います。Fridayといった悪趣味な雑誌に対しては不買運動があっても良いと思います。被害者家族に取材をするような腐りきったテレビ番組にスポンサーをしている企業は公表し、こんな番組に提供していると良識を疑われますよ、と市民団体が追及すべきです。

たまたま大谷選手への行き過ぎた取材、有吉さんへの盗撮行為が同じタイミングだったためここに列挙しましたが、まあ、毎日毎日そんなことばかりです。

職業に貴賤は無いと申します。その通りと理解しております。

しかしながら、取材される側が嫌がっていることを公にし(しかもコメントを切り取って真意と異なる報道も数多いと認識しています)、それで収入を得ている職業に関しては明らかに軽蔑申し上げ、賤しい職業と言わざるを得ません。社会に悪影響を及ぼしていると思います。

当方も一定の職業を批判することは慎重であるべきと心得ており、いつも以上に慎重にブログを書いているつもりです。私が思い違いをしているよ、ということあれば、コメント欄に指摘いただければ冷静に再考したいと思います。

国立公園

日本には国立公園が35あるようです。なんと、つい最近、2024年6月25日に「日高山脈襟裳十勝国立公園」が選ばれ(国定公園から格上げと言って良いでしょう)、国立公園の数が35になりました。

一覧は下記リンク(Wikipedia)からも確認できます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%85%AC%E5%9C%92

さて、いくつの国立公園を訪問しただろう?と数え始めましたが、あまりにも行ったことある国立公園が少なく、カウントを放棄。北海道は全滅。実は札幌にすら行ったことありませんから。

一度は行ってみたい国立公園ばかり、ということ。行って「なんだよ、行って損したぜ」という国立公園は想像がつきません。アクセスの良さには大差あり、本当に行くのに時間も体力も要するような国立公園も少なくありません。だからこそ、時間を見つけて国立公園をどんどん訪問したい、と思うばかり。国立公園は広範囲にわたるため、一部だけ行ったという国立公園も数多し。どう考えても吟味を尽くした選択、行くべしの一言。

海外にも「マチュピチュ」やら「ウユニ塩湖」「イグアスの滝」やら行ってみたい自然遺産は沢山あります。勿論、チャンスがあれば行きたいですが、日本人の私としては、日本の国立公園を最優先に考えたいな、と思う次第。

その中でもまずは「屋久島国立公園」を最優先に考え、北海道の7つある国立公園もざざっとスタンプラリーのように周ることをせず、丁寧に周りたいな、と贅沢なことを考えています。

黒い雨 井伏鱒二

どういう訳か読書熱が高まっており、自分でもびっくりしていますが、不朽の名作と言われる「黒い雨」を読了。戦争手記の清書という形で当時の記録が生き生きと記されており、不朽の名作と言われるのは納得。解説も素晴らしいですね。

改めて戦争は二度とあってはいけないと思う。

原爆はことさら凄惨な状況を作り出したことは事実ですが、原爆以外にも沢山の方が空襲でお亡くなりになったのは事実。軍人も全く非合理的な指揮官のもと、非情の死を遂げられたことにも改めて合掌した次第。

第2次世界大戦から80年しか経っていない、どういう訳かもっともっと昔だったように思う自分が居る。

戦後80年間に関しては平和を享受できていることの有難さを噛みしめる。また、二度と戦争という手段にならないために、一般市民としてどういう姿勢で居たら良いのか、答えが見つからない。

私自身、国として軍備は当然必要だと考えています。一方、言うまでも無いことですが、他国を武力で侵略するようなことはあってはいけないこと理解しています。周辺に考えを異にする国があるため、どのような備えをするのが良いのか本当に難しいです。

現在も「ロシア‐ウクライナ」「イスラエル‐パレスチナ」では戦争によって多くの命が失われており、どうして戦争を終結出来ないのか本当に歯がゆい限りです。これ以上の戦争被害者が発生しないことを心よりお祈りしていますが、実際にはこのブログを書き始めた時点からこの時間の中で大事な命が戦争で失われたのかな、と思うと胸が痛みます。

バリウムと胃カメラ

人間ドックを受けた。久しぶりにバリウムを飲んだ、というか飲む羽目となった。胃カメラを希望したが、最終的にバリウムとなってしまったのか、単純に見逃していたかは分からないが、自らバリウム検査を好んで申し込む訳はない。

検査当日に胃カメラへの変更は出来ないか?と一応聞いてみたが、ダメだった。希望者も多く事前(少なくとも数日前)に確認しなくちゃダメとのこと。

僕の周りで、バリウムと胃カメラでバリウムが良いという人はゼロ。バリウムと胃カメラの比較で私が胃カメラが優れていると思う点は

1.バリウム特有の不快(ゲップを我慢しなくちゃいけない、大量のバリウムを飲まなきゃいけない、台の上でくるくる回ったり逆さにされたりがつらい、下剤を飲んで便を通常に戻さなくちゃいけない)が胃カメラには無い。

2.バリウム検査で不審な点があったら、胃カメラで再検査するのであれば、最初から胃カメラで良いでないか。僕は胃憩室を指摘されることが多いため、なおさら。

3.ポリープなどあればカメラ先端のメスで生体検査を同時に行える。

一方、人間ドックなどを見ているとバリウムだけのクリニックも多い。短時間で済む、投資したバリウムX線の装置が無駄になっちゃう、などの理由かな、と思う。クリニック側からすると、バリウム検査もどんどん活用したい、という思惑もあるだろう。

サービスを受ける側とサービスを提供する側に「明らかな意向の違い」が如実に表れるケースだなあと思い、記録する次第。Webで調べると一長一短といった論調のコメントもあるが、それはクリニックの事情が濃厚に反映冴えれているコメントだと思う。

金子 みすゞ 様

お恥ずかしながら、つい最近知った詩人です。本当に今まで存じ上げなかったことがお恥ずかしいと思います。皆さん、ご存じでした。

私が存じ上げるきっかけとなったのは、取り組んでいる「なぞり書き」。

金子 みすゞ様の「蜂と神さま」という傑作の詩をなぞり書きして知りました。著作権を侵害する訳にはいかないので、掲載はいたしませんが、題名で検索できるので、是非是非。どうしてこういう天才としか言いようの無い発想が出来るのだろう。尊敬。

こういう天才詩人が1930年に26歳で自死なさったのは何とも残念・無念ですが、彼女の詩の素晴らしさが再度見直されたのは素晴らしいことですね。多分、相田みつをさんにも影響を与えたかな、と思います。

なぞり書きによる「奇跡の出会い」に深謝。他の詩も素晴らしく、金子 みすゞさん、詩集を買ってみようと思います。宝物にします。