国宝 犬山城

日本のお城に国宝は5つしかありません。全て言える方はかなりのお城マニアかもしれません。姫路城、彦根城、松本城、松江城、犬山城です。私は松江城を除きご訪問させていただいたように思います。

素朴なお城で建物自体の防衛力が高くないようにも思えますが、立地は最高です。特に高い山の上に建てられているわけでは無いですが、川沿いの絶壁に建てられており、陸地だけをしっかり守っておけば問題ないです。

川沿いの絶壁に建てられているので眺めは最高です。木曽川を見下ろす景色は素晴らしいです。川の向こうは岐阜県ですね。

1537年に織田信長の叔父である織田信康によって建てられ、その後色々な歴史を経て成瀬さんという個人が所有しているお城でしたが、2004年に財団法人を組織しました。

城下町は以前に比べると大いに賑わいを見せており嬉しいです。が、もっともっと「国宝 犬山城」に訪問者が増えると良いな、と思います。

天守閣には階段で行くことが出来ますが、階段が急です。登りも大変ですが、下りも緊張感があります。手すりをしっかり握っていても滑り落ちるリスクを強く感じます。心してご訪問くださいませ。飲酒はお城の後が良いと思います。あと、高所恐怖症の人には厳しいかも、と思いました。

明治村

明治村は、愛知県犬山市にある非常に優れた博物館だが、一体どれほどの知名度があるのかな?と思う。私の実家からも近く、何度も何度もご訪問させてもらっているが、改めて再訪した次第。

明治村には明治時代に建造された建物が60以上移設された歴史的にも非常に価値の高い博物館。フランク・ロイド・ライトの旧帝国ホテルや西園寺公望の静岡の別荘など、非常に価値の高い建物も移築されている。

当然、歴史を学ぶにも適している。今回は長崎の外国人居留地の建物などを重点的に見学したが、明治という時代に如何に欧米から当時の最新鋭の技術を学んだか、など明治という日本がまさに岐路に置かれた歴史を学ぶのには良い。

当然、修学旅行にも多くの学生が訪れているが、正直、学生の方には少し難しいのかもしれないな、と思う。非常に広大な場所に適度に建物を配置しているので移動の際には自然に恵まれた遊歩道を歩くことが出来る。入鹿池もなかなか見事である。

もっともっと工夫すればもっと多くの方が集まれる場所になるように思う。ミステリー仕立てで明治村の建物から色々なヒントを集めて謎解きをするような仕掛けもあってそれは楽しそうだ。こういう企画は素晴らしいと思う。多くは無かったが袴のような衣装を来て写真を撮る企画も良いと思う。

名鉄はもっと交通の便を良くするなどし、活用なさったら良いかと思います。

塩狩峠

読書・読書・読書と書いたとおり、本をどんどん読んでいこうと決めています。その第1弾に選んだ本は三浦綾子さんの「塩狩峠」です。こんな立派な人が世の中に居て良いのか?という本で、過去も多いに感動したことを覚えていて、再読です。

400ページ強の本ですが、あっと言う間に読了。子供の頃は素直な感想が多く、新鮮な驚きもありました。実話をモチーフにしており、本当に素晴らしい人が居るものですね。なかなか自分自身で見倣うことはできませんが、正しい清らかな人間には近づきたいものです。

読書する習慣を身につけよう。

次は井伏鱒二さんの「黒い雨」です。この本も新潮の100冊の常連。100冊とか考えると高い壁のように思えてしまいますが、名著を100冊に絞ってくれている、と考えると何のその。不朽の名作をどんどんと読んでいこうと思っています。

良い感じ。

築地と合羽橋

東京に行く機会があり、ランチまで時間があったので、午前中、インバウンド旅行者が多数訪れると聞く築地と合羽橋をぶらぶらしてみた。

築地

本当にテレビでの報道がウソじゃない、という感じで外国人が多く居た。11,000円もする海鮮丼がどんどん外国人に受け入れられてというテレビ番組もあるが、そこまでではなかったように思った。4,000円、5,000円のお寿司でもお客さんを呼び込んでいるような感じで、人は多いけどそこまでお金が落ちているかな、と感じた。

築地の場外だけでも20店舗は優に超える寿司屋がある(数えてないけど)から大変です。和牛を売りにしている店も数多くあったが、築地で和牛?それもそのお値段?と違和感ゼロでは無かったです。一方、200円の卵焼きにはお客さんが列をなしていたから、お客さんも上手に築地見物をしているな、と思った。食べ歩きが好き、という外国人のインタビューありましたが、確かにそうしたニーズを満たすと買ってもらえるかも。

どちらにしても、ここまで人が多いんですから商機は多いにありますね。また、築地と言えば「朝、早朝」のイメージ。私のような「欲張り」な旅行者は、早朝から深夜まで寝る暇を惜しんで観光したいもの。10時開店という寿司屋など飲食店多かったように思いましたが、朝5時開店の方がお客さん増えて良いかと思いました。

合羽橋で包丁を見ようと思ったものの、築地にも包丁を売っていたので少し覗いてみた。普通にしか見えないプラスチックのまな板が15,000円で売られていて、「こりゃ、お呼びでないな」と感じたが、包丁も30,000円くらいから始まっており、「うん、私は買えないな」と思った次第。

合羽橋

包丁を扱っているお店多数。ダマスカス鋼といって層が綺麗に出る包丁が主流(見た目も綺麗ですし)のように思えた。

包丁もある程度の値段を越えると、実用性(切れ味や耐久性)よりも満足度(著名人の手作り感、値段そのもの)に軸足が移っていくのかなとは思うものの、3万円以上する包丁を真の意味で使いこなせる方はどの程度居るのかな?と思う。

僕のようなズボラな性格の人間は、錆びないことや頻繁に研ぐ必要のない包丁の方が重要だから、5000円程度のステンレスの包丁で十分なのかな、と思った次第。包丁のコスパってどうなんでしょうね。

銀座のお寿司屋さんや南青山の和食屋辺りが一流の刺身包丁で「すぅー」と刺身を切っているのはカッコいいですが、包丁の良さもさることながら、一流のメンテナンスを行うスタッフが居てこそだろうな、と考えてしまった。

合羽橋にはお恥ずかしながら初めて行った。西浅草あたりにあるのね、ということを知った次第。飯田屋さんというお店はテレビにもよく出ているようであり、ことさら人が多かった。たわしは棕櫚で綺麗に作られており、芸術作品のような趣、こういうのは日本人も外人も好きな奴だよね。台所用品は利便性の高さを競っており、なにこれ?という発見に満ちてました。楽しいところですね。もっともっと時間をかけて見学したいです。

築地の場外には外国人が案内して欲しいと言われない限りもう行かないかも、ですが、合羽橋は何度でも行きたくなります。

インバウンドで外貨を獲得してサービス収支改善だ、というよりも日本人と外国人がもっともっと触れ合う機会が増えれば良いと思います。

読書・読書・読書

読書の効用については、今更ここでどうのこうの言う必要が無いと思います。

今まで読まなかったジャンルの本を読んでみる、好きな著者の未読本を読む、再読する、いずれも「教養」を高める、深めることに役立つと思います。つまらない、自分には合わないと思う本を思い切って読むのを辞める、というのも決して無駄では無いと思います。

池井戸潤さん、東野圭吾さん本当に尊敬しています。外れという本に当たったことが無い。

単行本(ハードカバー)でも2000円程度、文庫本なら1000円以内ということを考えると、書籍のコストパフォーマンスは極めて良いと私は思います。昼飯だって1000円くらいしますから。

友達から薦められた本はなるべく読むようにしているし、良かった本とかを語れる友達って親密度が上がるように思えるから不思議なものです。

「坂の上の雲」は著名人、特に財界の大物が推奨しているから若いうちに読みましたが、何とか読み終えたというレベルの読後感であり、そこまで深く感銘を受けませんでした。ここでもう一度読んでみる、というのは絶対に良いことだと確信しています。近いうちに必ず読みます。

今、塩野七生さんの「ローマ人の物語」を再読しています。特に「ユリウス・カエサル」については面白さ半端無いですね。と言いながら前回読んだ内容をほとんど何にも覚えていませんでした。自分の読書の仕方を反省するとともに、内容を覚えていようがいまいが何度でも読んでやろうと思います(カエサルが出てくる文庫本の8~13巻だけでも良いかと)。同じく塩野七生さんの「コンスタンティノープルの陥落」も2度読みましたが、本当に素晴らしいですね。イスタンブールを再訪したくなります。

書店で久しぶりに見た「新潮文庫の100冊」は、やはり書籍のクラシックという威厳がありますね。梶井基次郎の「檸檬」は、何のことやらという印象しかありませんが、もう一度挑戦したいですね。定番中の定番であるカフカの「変身」やカミュの「異邦人」も再読してみたい。読んだけど、全く覚えていません。最早少なくとも2度読んだ「罪と罰」ももう一度読まないと。そうは言っても三浦綾子さんの「塩狩峠」を最初に再読します。

昔国語の問題で出てくるたびに「こんちくしょー」と思った山崎正和さん、あなたは偉いです。この私がそれだけのことで覚えているんだから。優先順位は低いですがリストアップしておきます。

読書する時間が無い、ということは絶対に無いはず。読書の鬼のような感じの生活に今は前のめりです。読みやすいのは「最強の60歳指南書」(齋藤孝)のような本なんですけどね。こういうHow to本って本当に読みやすい。それでいて即効性がある。でも、知能の足腰を鍛えるような深みはやはりないかも。(そんな偉そうなことを言える私ではないですが)

インプット・アウトプット

おおよその人間の行為は「イン」と「アウト」は対になっていますよね。空気を吸ってばかりの人は絶対に居ないし、食べたり飲んだりしたら必ず身体の外に出ます。(タイムラグがあったりしますが)

でも、知識や情報については、基本的には脳に蓄積(インプット)され、勝手に消去されたり、無くなることはありません。これってすごく不思議と言えば不思議です。勿論、頑張ってインプットした情報を思い出せずアウトプット出来ないことには特に最近悩まされますが、これは、情報が一定量を越えたからダムの放水のようにインプットした情報を脳が消去した訳ではないと思います。空気を兎に角吸うんだ!と思っても長くて1分くらいしか吸い続けないし、逆もしかり。食べる量についも限界あるし、その逆もしかり。そうした動きとは明らかに違います。

これって、長い人生でとても大きな差になりそうです。あまりにも多くの情報を一度に入れると脳が処理しきれないという問題があるかも知れませんが、継続的に情報を入れ続けることが出来そうです。

最近読んだ本では、「アウトプットすることを意識しながら情報をインプットしていくことの重要性」を説いていました。私のような単純な人間は、「なるほど」とすぐ思ってしまいます。でも、さらっと「インプット」「アウトプット」という言葉を使いましたが、これは、「インプット」は食べたり、息を吸うことと似てますが、「アウトプット」という言葉は単なる「排出」と異なることに注意を要しますよね。

「○○という俳優さんはこの朝ドラにもこの大河ドラマにも出てたよな、随分違う役も上手くこなすよな」といった「もともと取り込んでいた情報」を「取り出す」ことをアウトプットと表するものと理解しています。必ずしも他人に説明することでは無いと思います。「情報を引っ張り出してくる」という行為だと思います。そして、出てきた情報はなくならず、(多分)これまでよりも強い形で格納されます。

他人(特に小学生あたりが良いかもです)に説明するつもりで色々な知識を入れていくことが出来たら自分の頭もすっきりし、思い出せない・アウトプット出来ない、ということにはならないように思います。人間の脳はまだまだ有効利用できる余地が大いに残されている、と習った記憶があります。インプットには余力有るし、アウトプットということについては、ほとんど意識的に取り組んでおらず、手つかずの状況でなんぼでも改善の余地がありそうです。

AIごときに私の脳が置いてきぼりを喰らう訳にはいかんのです。

そんなことを考えながら、まだまだやる気満々の55歳です。

がんばれ本屋さん

日本に居ると、特に東京や名古屋といった大都市に行くと本屋さんに行く機会が増えます。週末に東京に1泊2日で行ってきましたが、日本橋では「丸善」へ、新宿では「紀伊国屋」へと、本屋をハシゴしてしまいます。4冊6000円くらい費消したように思います。

本屋さんの数は激減(*)し、私の実家の近くの本屋さんも閉店してしまいました。残念で仕方がありません。Amazonは品揃えは豊富だし、配達もしてくれる、Kindleなんていう仕組みも便利、ということでは、普通にやっていてもなかなか太刀打ちできないよな、と思います。

(*)さらっとぐぐってみますと、2006年に14,555軒の本屋さんが2022年には8,169軒と4割減くらいになっているようです。一方、書店の大型化(小さいところが閉店してしまい大型店が残った)しているデータもあります。

今や大都市の大規模本屋さんとか、非常に特色のある本屋さん(古本や専門書に造詣が深いとか)しか生き残れなくなってきているのかもしれません。本屋さんはどこも繁盛しているように見えます。一定、本屋さんにはニーズがあるんだと思います。

大都市の一等地で家賃を払い、多くの書店員を抱え、トイレも備え付け、といった都市部の本屋さんと、大型の倉庫を保有し、販売員は置かないAmazonでは、どうしたって収益性に違いがあるよな、と思ってしまう。でも、僕などは「どうしても本屋さんには生き残ってほしい」と思っています。何なら、「三省堂」「紀伊国屋」「丸善」のファンクラブに入っても良いですし、本屋に入場料を払っても僕は良いです。本屋さんでぶらぶらしながら、「本を探すこと」は「本を読むこと」と同様に、もしくはそれ以上に楽しい行動なんだと思います。だから本屋さんには多くの人が居るんです。全く買う予定も無いような本も、パラパラとめくってみると思わぬスイッチが入ります。

地方の鉄道が廃線となると、急に「さようなら○○線」といって多くの方(鉄道ファンなのか地元の方なのかその両方か知りませんが)が別れを惜しみます。多分本屋さんも同じです。

私はこういう現象に正直?です。

無くなってしまったら困るのであれば、無くならないように、もっと前から手を差し伸べなければいけません。「このままだと○○線は廃止になりますよ」「このままだとこの本屋さん閉店になっちゃうよ」と知らされる機会はあるべきだと思います。私が特にお世話になってる本屋さんの経営状況は分かりませんが、絶対に無くなってもらっては困るので苦しかったら開示して欲しい(そうでないことを切望しますが)と思っています。出来るだけの努力はします。

ペン習字による気づき

ユーキャンの「なぞりがき 日本の名作」を少しずつ進めています。

自分で字を書くことなんて、お客様訪問の時のメモ(当然スピード重視なので字は読めれば良いレベルだし、分からない漢字はカタカナだったり)程度。これではダメだな、と思い、日記を書き始めたのは5月10日、2,3日分まとめて書いたりしますが、一応今まで継続しています。

どうせならなるべく丁寧な字で書こうと思っています。それと同時並行で行っているのはペン習字です。この本はなぞり書きですから、お手本の薄い灰色の文字の上をなぞりながらの練習です。

AI時代だからこそ、自分の頭で考え、自ら手を動かし、歩き、話す。こうしたことが重要です。なぞるだけでも「良いんです」。下記の通り、色々なことに気づき、なんでもかんでも「やってみること」に意義を感じます。

気づき1:文字って縦長だったり横長だったり、大きかったり小さかったり、様々。PCなどでは、与えられたマスに収めようとしているので、文字の大きさってあまり気にならないですが、明らかに字によって個性があります。

気づき2:書き順を間違えて覚えている字が多い。全ての字では無いですが、ポイントとなる字については「下をすぼめる」とか「はらいを大きく」といったアドバイスがあります。また、書き順についても赤い小さな数字でアドバイスがあります。役に立ちます。

気づき3:日本語ってやっぱり縦に書く文化だよね。日記も横書きで書いてるし、メモも横書き、実際に縦に字を書く機会って本当に減ってますね。小説などは未だに縦書きですが、字の形や書き順など考えても縦書き文化だよな、って思う。

脱線しますが、ヨーロッパは横文字文化。目の動きは確かに縦よりも横に早く動くことを考えると、悔しいけれど、横文字文化の方が目に対する優しさといった観点では優れていますね。日本語でも横書きが増えている背景には「目の動き」というのは多少は影響していると思うんですよね。

なぞり書きで自分の字が上手くなっているかどうかは分かりませんが、どう考えても「やらないよりはまし」なんです。世界各国になぞり書きの本があるのか分かりませんが、自分に定着させたい。やはり自らの手を動かすことってすごく大事。

6月4日に生まれて

世の中は何かの「ご縁」に満ち溢れており、6月4日に生まれたことにも当然何かの「ご縁」を感じています。

タイでは、自分の生まれた日の曜日が非常に重要で、曜日により色が決められています。日曜日は赤、月曜日は黄、火曜日はピンク、水曜日は何故か午前と午後に分かれていて、午前中は緑、午後は黒です。木曜日はオレンジ、金曜日は青、土曜日は紫です。

私はこれまで水曜日は緑と教わっていて緑だと信じて疑わなかったのですが、午前と午後に分かれていることを今知ったので、調べてみました。無事に午前中に産まれたことが分かったので、やはり「緑」が正解です。

そういうことで、好きな数字は6と4です。競馬や競輪も好きなので(違法性は無いですよね?)これから、退職して暇になったら、近くの競馬場や競輪場に通って小額でギャンブルをしながら時間を潰す、というのも一つの楽しみに思えてきました。

連勝単式の6-4を必ず買う、というルールも面白いのではないでしょうか。

ここからは暇人のやることなのですが、2024年1月1日からある競馬場(東京・府中とします)で6-4を全レース100円ずつ買うとどういう結果になっていたか、調べてみました。流石に頭数が多いと6-4という組合せにはなかなかなりませんね。

1日12レース、1200円ずつ負け続けて2月18日、東京競馬場開催7日目の第9レースフリージア賞でついに6-4来ました。かなり人気薄だったようで16,730円。7日で84レース、8,400円費やしていますから、ここで辞めれば倍になったということですね。まあ、買ってもなかなか来ませんから心折れそうです。4-6の枠で勝負しても面白しろいかも。6-4に拘ってギャンブル、楽しそう。競輪は9人でやるから、もう少し当たるかもね。ギャンブルは時間の使い方としては楽しいもの。6-4を芸なく買っても喜べますが、一応推理しながら応援するのも良いかも、ですね。

いやあ、誕生日の6月4日に絡めての暇つぶし、楽しい。また、全く何も考えずに競馬のレース結果を集計してみましたが、沢山の馬が競馬してますね。それぞれに馬主さん調教師さん騎手などの生活があり、思いがあり、競馬っていうものにはロマンがありますね。

投資信託概観(オルカン)

新NISAという投資に関する税制優遇が始まったこと、良いことだと思います。また、YouTubeなどで、投資に関してかなり詳細な説明を無料で受けられるようになっていることも良いことだと思います。(もちろん、相当胡散臭いYouTubeもあるので注意は必要です)

投資に関して騙されないためには、以下の視点は重要ではないでしょうか?書くとあまりにも当たり前なのですが、少なくない人が騙されているのも事実です。よく気を付けましょう。

1.投資は何があろうが最終的には自己責任です。

2.自分だけに「とっておき」の情報が手に入ることはありません。どれだけ多額のお金を支払ってもです。とっておきの情報が入る場合には、「インサイダー取引」という犯罪に巻き込まれている可能性を疑いましょう。

多分、たったのこれだけです。1.2.にしたって同じようなことを書いています。みんなが「お金を増やしたい」、それだけをとことん考えて世界中の金融市場は成り立っています。そんなプロ中のプロが集まっている市場に素人が入り込んでいくわけですから、それなりの覚悟が必要です。

一方、素人は必ず負ける、というのも間違いです。プロはプロで短期間に結果を求められる傾向にあるので、そうした制約の無い素人は有利かも知れないと思います。また、ギャンブルとも違います(短期はギャンブルの要素が強く中長期では期待収益が望めると言えると理解しています)。

さて、新NISAなどで盛んに言われている投資信託の代表を言える人はスゴイです。

eMAXIS Slim 全世界株式(オールカントリー)

eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)

今年になって最も資金が流入している投資信託はこの2つで、圧倒的だと思います。オールカントリーは通称オルカンと呼ばれていますね。

さて、では問題です。

1.オールカントリーと呼ばれる投資信託は何をインデックスにしているでしょうか?

2.そのインデックスにおいて米国の占める割合は?

3.日本も含まれますが、順位と%は?

では、答えです。

1.MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス(モルガンスタンレーという証券会社が作っているインデックスです)

2.約63%

3.2位です。5%程度です。

と、言うことで、全世界株式といっても時価総額(世の中に流通している株式数で調整されていると思います)が圧倒的に大きいアメリカの株式が全体の約60%を占めています。日本も第2位に踏みとどまっていますが、約5%というのは寂しいといえば寂しいですね。GDPが4位に転落したり、色々と言われていますが、順位だけで見れば世界2位。まだまだ捨てたもんではないと思う次第。ちなみにMSCIオールカントリーに採用されている国の数は47、銘柄は2,837銘柄。この2,837で全世界の株式時価総額の85%をカバーしているそうですから、その銘柄に選ばれることは名誉なことですよね。

私も少しだけ保有しています。

投資は世の中の勉強にもなるし、「お金に仕事をさせる」のは、実に効率的だと思います。まだなさっていない方には、是非とも「自己責任」で投資を始めることをお勧めします。

電車内のマナー

日本に戻り、実家の岐阜県でJR太多線(美濃太田と多治見間)や名鉄広見線(犬山と新可児間)に乗る機会あります。

びっくりすることに、大きなリュックで隣の座席を占領している50代か60代の男性や、隣の席にギターを置いている若者やリュックを置いている若者など。電車は激しく混みあっていることはありませんでしたが、少なくともそれなりの人数が立っていました。

どういうことでしょう?

JR太多線では、「多くのお客様が座席に座れるよう、荷物で座席をふさがないようにお願いします」という放送も流し、駅員も車両内を巡回していますが、駅員がそういう行為を注意することもありません。だったら、放送を流す必要は無いじゃないか、と思います。

こういう人に注意などしようものなら逆切れされ、不愉快な思いをしかねません。私は絶対に注意などしないし、睨みつけたりしないです。周りの乗客もそうです。そりゃそうですよね。

「お前のような人間に良い音色のギターが弾けるわけねえ」などと頭のなかで考えてみましたが、こういう時でさえもネガティブな思考で満たされてしまっては負けです。

「他山の石を実際に観ることができて良かったな」、とか、「まだまだ自分には最低限の良心、善悪を判断できる能力があるぞ」となるべくポジティブに考えるようにしています。苦しいですけどね。

海外で生活していると、エスカレーターの左右を空けて急いでいる人への配慮が出来る日本人、などと称えるような写真を見かけますが、そんなことよりも、もっともっと当たり前のことが出来ていない人が結構多くてびっくりしました。

人には迷惑をかけることなく生活したいものです。

笹生選手、渋野選手おめでとう

全米女子オープンゴルフという年に5回しかない女子プロゴルフのメジャー大会(※)で笹生選手が優勝、渋野選手が2位に入りました。

(※)ザ・シェブロン選手権、全米女子オープンゴルフ、KPMG全米女子プロゴルフ選手権、アムンディ・エビアン選手権、AIG女子オープンゴルフ(全英)の5回です

笹生選手は、全米女子オープンゴルフ2勝目です。これは快挙ですね。前回は畑岡選手との日本人同士(※※)のプレイオフでしたから、笹生選手が全米女子オープンゴルフを制する時には2位も日本人と言うことになりますね。

(※※)笹生選手は日本人とフィリピン人のハーフで前回優勝当時には日本とフィリピンの両方の国籍を保持、選手登録は当時はフィリピンだった。ちなみに東京オリンピックにもフィリピン代表として参加してました。

日本人のゴルファーでメジャー大会を制したことがあるのは、以下の4人です。

  • 樋口久子選手(1977年全米女子オープンゴルフ)
  • 渋野日向子選手(2019年全英女子オープン)
  • 松山英樹選手(2021年マスターズ・トーナメント)
  • 笹生優花選手(2021年全米女子オープン、2024年全米女子オープン)

樋口久子選手の大記録から42年かかって、当時は無名と言って良かった渋野選手が全英で勝って「スマイルシンデレラ」と呼ばれたのは、懐かしかったです。松山英樹選手の勝利の瞬間のTBS放送陣の涙、キャディーへの賞賛など、3年前のことですが、鮮明に覚えています。

笹生選手と畑岡選手のプレイオフ、一度は畑岡選手が勝ったかな、と思ったこともありましたが、最終的には笹生選手が優勝しました。このころにもなると、日本人ゴルファーのレベルが上がっているのが実感できていたため、そこまで感動しなかったかもしれません。

今回も笹生、渋野両選手だけでなく、多くの日本人女子ゴルファーが上位に食い込み、レベルの高さを存分に見せつけてくれました。凄いことです。

また、笹生選手は日本人唯一のメジャー複数回優勝、とんでもないことだと思います。

フィリピンに住む日本人として、これほど嬉しいことは無いです。渋野選手は本当に華のある選手、これからも大いに盛り上げて欲しいですね。

本当に心底嬉しい全米女子オープンゴルフでした。

勧善懲悪

水戸黄門、銭形平次、暴れん坊将軍、桃太郎侍、必殺仕事人、などなど、時代劇はよく観ました。今はほぼほぼ廃れてしまいましたね。残念でなりません。

ストーリーはおおよそ決まり切っていて、「悪いお侍、悪い商人」が悪の限りを尽くし、罪の無い善良一般市民をひどい目に遭わせる。

それを、善の象徴ともいえる主人公グループが「悪の親玉」を探り当て、残り15分あたりになると、「悪」の退治が始まります。「悪」もそれなりに腕が立つ人たちなのですが、「善」の剣術には到底及びません。危ういシーンなど無く、一方的に「悪が懲らしめられ」、平和な生活が戻ってきます。

どんなにストーリーが分かっていても、私のような超単純人間には時代劇は常に「痛快」そのものです。

まさに「勧善懲悪」、こうあるべきなのです。私に道徳心というものがあれば、時代劇の果たした役割は少なくないと思います。

さて、私が感謝してやまない「Wikipedia」は言うまでもないですが、情報の宝庫です。勧善懲悪で調べてみると、

聖徳太子の十七条憲法の第六条に「懲悪勧善。古之良典。」(悪をこらしめて善をすすめるのは、古くからのよいしきたりである。)と明記。聖徳太子は飛鳥時代(西暦600年ごろ)に活躍しておりますから、1400年前にすでに、古くからの良いしきたりと言っていた訳です。古くからの日本にはすでに「勧善懲悪」が根付いていたと言えます。

時代が変わってしまったと言えばそれまでですし、洗練されてきたと言えばそれまでかも知れませんが、「悪を懲らしめる」ことが最近、ぬる過ぎのでは無いか、「悪人の更生なんて全く興味ないね」というのが野蛮かも知れませんが、私の偽らざる気持ちです。さらに具体的に言えば、

「おっとさんの仇!!」と娘さんが自ら刀を持ち、仇討ちを果たすシーンは私の中では「勧善懲悪」の象徴的なシーンで、現代社会でも認められても良いと心底思っています。おっとさんを殺した人間が更生のために牢屋(刑務所)に入るのは、何とも間抜けなのです。

勧善懲悪から、現在の司法・刑罰の重さに対する不満に脱線してしまいました。。。

碁盤斬り

朝ドラを観る、「虎に翼」相変わらず素晴らしいですね。あさイチを観る、これもなかなか良いです。あさイチのプレミアムトークのゲストは草彅剛でした。映画やドラマでの渋い雰囲気とは大いに異なり、ハイテンションなおしゃべりな方で楽しかったです。

そこでは何度も何度も「碁盤斬り」見てねと、繰り返すものだから、日本に居ることを良いことに、碁盤斬り観てきました。

あさイチでの軽~い雰囲気とは打って変わって堅物の浪人役、本当に素晴らしい役者さんですね。物凄い迫力を感じました。古典落語をモチーフにした映画とのことですが、ストーリーよし、脇を固める役者も良し(私は特に國村隼が好きですね)、後半は泣けます。

邦画のレベルが高いことは存じておりますが、なかなかこれも素晴らしいです。錦糸町の映画館で拝見しましたが、人の入りがそれほどでもなかったことが残念です。多くの方がご覧いただくことに期待。

AIなんて

最近は、AIの開発がいよいよ加速しているようで、そりゃそうだよな、という気持ちは当然として、じゃあどうなっていくんだろうな、自分はどうしていくんだろうな、と、色々考えます。

また、PCを立ち上げると、最近はマイクロソフトがAIを搭載した検索機能などでサブスクリプションを求めているように感じますが、基本的には、あまり要らないです。すみません。各社が開発に莫大な資金を投じており、色々な形で回収しなくてはならない事情は理解します。が、それに月額を支払う必要を覚えません。現在の検索を越える能力や私の脳のサポートをするような機能は要りません。

もともと「記憶」に関しては、Evernote(これには名刺やら各種パスワードが格納されておりますのでサービスの継続を強く希望します)を頼っており、これはAIというより、「記録と呼び出し」という単純な機能なので、これはお金を支払っても利用続けます。最近値上げになりましたが、想定内です。Evernoteとて、仕事を辞めてしまえば名刺を読みだす必要がなくなるし、管理するパスワードも相当数減るので、不要になるかも知れませんね。

それにしても、新幹線の予約、コンサートのチケット予約、クレジットカードの利用履歴やら、まあ、夥しい数のIDとパスワード、凄いことですね。

最近、ペン習字の練習帳を買いました。このブログは仕方なくPCに入力していますが、本当は手書きで書くべきです。そうした自己啓発のコーナーが日本の本屋さんでは充実しています。素晴らしいです。最近、日記を手書きに改めましたが、どうせだったら綺麗(この漢字は手書きではすんなり書けませんね)な字で書こうと思います。

「人間は考える葦」なんです。自分で考えて、自分で字を書いて、自分で読んで、自分で理解し、自分で行動し、自分で喜びます。まだまだ大丈夫です。

AIが健全に開発され、人手不足を補ったりすることについて異議はありません。どんどんそうした活用がされれば良いです。ただ、私はそれに多額の資金を投じたり、自分の行動を委ねたりということは想定してません。

そもそもAIの本当の「現在地」や「有効な活用法」など正確な知識を持ち合わせていないですがね。また、最近、詐欺など犯罪にもAIが活用されていると聞きます。これ以上無い重い刑罰を科すべきだと私は思います。

大学時代を振り返って

さて、私が大学に入ったのは1988年、卒業したの1992年。ちょうど昭和が終わり、平成になったころでした。大学1年生の時には昭和天皇の体調が思わしくなく、学園祭を中止にする大学もあったな、「下血」などという不謹慎な言葉も飛び交っていたな、と思い出します。

その頃私が考えていたことをなるべく正確に思い出して、正しかったのかな?と振り返ってみます。

田舎の進学校に通っていた私は、兎に角「良い大学」(=入るのが難しく、人から良いねと言われ、就職にも有利な大学)に入ることに専念し、受験勉強に取り組んでいたと思います。勉強したいことなどぼんやり(正直に言えば無くて)しており、法学部を受けてみたり、経済学部を受けてみたり、商学部を受けてみたり、とまあ、学部選びは受験科目の配点で決めていた、というくらい「いい加減」でした。文系と理系といった区切りでも数学が苦手だから文系というくらいです。

有難いことに「良い大学」に入ることが出来ました。素晴らしいことは、「兎に角周りに優れた人間が多い」ことだったと思います。今もそう思います。これは今も「良い大学に行くことの素晴らしさは良い友人に恵まれる機会が増えること」だと思います。

授業やゼミは本当に申し訳ないくらい手を抜いていました。そんなのだめだよね、と思う反面、じゃあ、一生懸命授業に出て勉強してたらもっと良かったのかな?という問いにも「そうでもないかも」という感じです。

周りでは弁護士や公認会計士にトライする人も少なからず居て、今もそうした「士業」に就いている方もいらっしゃいます。私は全くトライする気持ち無かったですね。会計士になっておけば良かったという感想はありません。

もっと本を読んだり、友達とそうしたことを語り合っておくべきだったな、というのは本当にその通りです。ゼミも素晴らしい教授だったのですからもっと勉強すべきでした。その頃留学なんて流行っていませんでしたが、1年くらいは留学やら海外放浪旅とかしても良かったかな、というのは強く思います。

当時は就職の環境も素晴らしかったので、特に苦労なく「良い会社」と言われる会社に就職することが出来ました。

この文章を今の若い人、例えば姪っ子に読ませたとして、何の意味があるんだろう、と思います。明確に言えることは、大学では「生涯の友」を見つけるチャンスだよ、ということくらいでしょうか。どういう生活をしようが(体育会に打ち込もうが、バイトに打ち込もうが)時間はそれでもある筈だから本を読んだり、友人と意見を交換することにもっと時間を割いても良いかもね、というくらいでしょうか。

良い会社というものがすでによく分かりません。経営基盤の安定した大企業は給料が高いことも多いので相対的に有利かもな、と思いますが、最早終身雇用という考え方も揺らいできていますから、そこまで重要じゃないかも、です。

日本という国の勢いが我々が就職した時期に比べれば明らかに弱っているので、日本の企業以外に目を向けることもありかもな、と思います。英語の重要度は言うまでも無いので、聞いたり、話したりを中心に勉強した方がいいよ、とはアドバイスできますね。今はYoutubeやらで気軽に英語勉強できるからしたほうが良いに決まっています。

「良い大学」からの「良い会社」というのは、私が学生だった頃には間違いなく機能していました。それ以外のことを考える必要が無いじゃんというくらい太い線路が見えてました。今はなかなかそうでも無いので難しいですね。

まったくまとまりございませんが。

教育のあるべき姿って?

当たる、当たらないは別として、企業価値(株価)の分析をしているYouTuberは少なくありません。その中でも白坂慎太郎さんは、基本的にはシンプルなものの見方で企業分析をしていて参考になる意見も多いです。

さて、その白坂慎太郎さんが「子供の教育」という理由でシンガポールに引っ越しました。

シンガポーリアンがどうして日本人の2倍以上の所得になったのか?(一人当たり実質GDPで比較)についても彼なりの分析を加えています。

英語や中国語を操り、扱えるマーケットがその分大きいから(つまり、特に優秀な人が一生懸命素晴らしいモノを作ったり、素晴らしいサービスを提供している訳でもない)という分析も一理あると思います。

残念ながらシンガポール人の平均の方が日本人の平均よりは豊かだというのはその通りかな、と思わざるを得ません。一方、シンガポールも競争は非常に厳しかったと記憶しています。

さて、白坂氏が子供の教育環境を理由にシンガポールに移住しています。確かに英語で授業すれば自然に英語は身に付き、インターナショナルスクールに通えばグローバルに生き抜く力も付きそうです。

さて、さて、あるべき教育の姿ってどういうものなんでしょうかね。私には子供もいないため、現在の学童がどのような教育を受けているのか分かりません。どうやら各人がタブレットなどを持って教育を受けていそうだ、というのは素晴らしいことです。

ここフィリピンでもそうですが、金持ちは私立で高い教育費を払う一方、恵まれた施設、優れた教師による教育を受けている印象があります。日本だってそういう傾向はあると思います。私は大学まで全て公立の教育機関に通ったので私立がどれほど素晴らしいのか分からないのですが、基本的にはそうだろうな、と思います。

日本はまだまだ公立の教育機関のレベルが高いのかな、と思います。是非素晴らしい教育でたくましい人間がどんどん排出されることを真に願います。

防衛白書を読んでみる(3)

さて、防衛白書、流石に読み応えがあり過ぎます。もともと防衛白書なんてこれまで読み込んでいませんから(皆さんもそうでしょ?)、全く分からない言葉が遠慮なく並びます。

さて、当たり前と言えば当たり前なんですが、防衛整備って一つ一つが5年単位とかもっと時間がかかるということ。

引用(第4章防衛力整備計画、第1節防衛力整備計画の内容より)

国の防衛は国家存立の基盤であるが、必要となる防衛力を整備していくには時間を要することを忘れてはならない。防衛力整備は、最終的には各年度の予算に従い行われるが、例えば、F-35A戦闘機は、契約を行ってから空自の部隊に納入されるまでに5年を要する。また、防衛力として効果的に活用するためには、機体の購入だけでなく、格納庫などの施設整備、操縦者や整備員など隊員の教育、部隊の練成なども必要であり、それらは短期になしえない。また、次期戦闘機のように新たな装備品を研究開発するにも長い時間を要する。そのため、防衛力整備は、具体的な見通しに立って、継続的かつ計画的に行うことが必要である。

===引用終わり===

その通りであり、毎年防衛費とか予算化しているけど、実際には、「やーめた」と後戻りすることは許されないように思う。中長期によくよく計画を立てなきゃいけないことも重要。武器を自前で調達することも重要だと思うが、どれだけのお金がどこに配分されているかは調べられていない。

ちなみに令和5年の防衛予算は6.82兆円です。ピンとはきませんが、国民一人当たり年間6万円強、多いのかな?少ないのかな?納税者だけで負担しているとすれば少なく見積もっても10万円は超えてますね。

子育て支援や減税のほうが、、という声も聞こえてきますが、国民の安全が脅かされることのリスクを考えるとやむを得ないのかな、というのが個人の意見。

整備の内容、目標時期を国民に本当に公開する必要があるのか?については疑問。当然、世界中の方が見れるわけで、手の内を晒して良いことって無いようにしか思えない。整備を3分の2くらいしかしなくても「した!」と言ったところで問題無いように思うんですけどね。

ちなみに自衛隊員は24万人程度を定員にしているようです。前回の私の予想はある程度あってました。省人化も大きな課題だそうです。

防衛白書を読んでみる(2)

さて、防衛白書の前文で外交が重要であることを再認識した次第ですが、さらに読み進めると、

ここから引用

防衛上の課題

ロシアがウクライナを侵略するに至った軍事的な背景としては、ウクライナがロシアによる侵略を抑止するための十分な能力を保有していなかったことにあります。

高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきです。脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化するところ、意思を外部から正確に把握することは困難であり、国家の意思決定過程が不透明であれば、脅威が顕在化する素地が常に存在します。

このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要であり、相手の能力に着目した防衛力を構築する必要があります。

また、新しい戦い方が顕在化するなか、それに対応できるかどうかが今後の防衛力を構築するうえでの大きな課題です。わが国の今後の安全保障・防衛政策のあり方が地域と国際社会の平和と安定に直結します。

ここまで引用

と、ロシアとウクライナの紛争についてかなり踏み込んだコメントがあります。冷静に読むと事実を記しているだけとも言えるのですが明確に言い切っています。

「脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化するところ、意思を外部から正確に把握することは困難であり、国家の意思決定過程が不透明であれば、脅威が顕在化する素地が常に存在します」

なかなか難文ですが、当然のことながら「白書」の文章は十分に練られており、5回くらい読むと何となくそういうことかな、と理解できてきます。当然、中国の高い能力と意思決定過程の不透明性を「大きな脅威」として表現していることは間違いないです。

さて、日本は当然ですが「専守防衛」を是としておりますが、相撲でも、守って勝つ、というのは相当実力のある横綱や大関にしかできない芸当です。守り切ることって「戦い」においては難しいことのように思いますね。

再度引用

同盟国・同志国などとの連携~協力・連携の強化~には、

いまや、どの国も一国では自国の安全を守ることはできません。わが国の安全保障の基軸である日米同盟を深化させつつ、諸外国との協力を強化してきました。

引用終わり

今のウクライナは米国などの支援を得ながら、何とか「敗戦」を免れている状況では無いかと思います。自国の安全を守れているとは思えません。ウクライナは「ロシアによる侵略を抑止するための十分な能力を保有していなかった」ことに加え、「諸外国との協力・連携が十分じゃなかった」ということになるのでしょうか。

生まれてからこのかた、戦争の悲惨な話は教科書やドラマ、映画でしか知らない私ですが、平和の有難さを感じながら、もうすこし防衛白書を読み進めたいと思います。自衛隊員の方が何人くらいいらっしゃるのか?10万人くらいかな?次回はその辺も。

防衛白書を読んでみる

たまに、白書を読み、出来るだけ詳しい事実を知るため、また、簡潔かつ漏れの無い文章に触れてます。

さて、以下は浜田防衛大臣による冒頭のご挨拶。

前後は略していますが、

「先の大戦を経験し、戦後一貫して平和国家としての歩みを進めてきたわが国として、まず優先されるべきは、外交努力であることは言うまでもありま
せん。わが国は、法の支配を尊重し、いかなる紛争も、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきであるとの方針を変えることはありません。同時に、国民の命や暮らしを守り抜くうえでは、「自分の国は自分で守る」ための努力により、抑止力を高めていく、つまり、相手に対して「日本を攻めても目標を達成できない」と思わせることが不可欠です」

なかなかよく出来た文章です。言うまでも無く、外交努力で平和的に解決するのが良いに決まっています。

それでは、と少し色々と読んでいくと、「自由で開かれたインド太平洋戦略」Free and Open Indo-Pacific Strategy に行きつきます。Indiaとは言わないんだな、とどうでも良いことに引っかかるのは悪い癖ですが、英語でインド太平洋はやはり「Indo-Pacific」と言うのだそうです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%A7%E9%96%8B%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E7%95%A5

これは非常に重要な方針だと思うのですが、お恥ずかしながら私は知りませんでした。2016年に当時の安倍首相が提唱した方針です。Wikipediaによれば、該当する国(我がフィリピンも含まれます)には局長経験者級の方が全権大使として派遣されているそうです。

当然、これは中国や北朝鮮、ロシアを封じこめるための外交戦略です。このウィキペディアはなかなか良いことが記してありますから時間があるときに一読なさることをお勧めします。

こんなところに突っかかっていると、軍備など重要なところまで行きつけない。